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甲府地方裁判所 昭和29年(ワ)42号 判決

原告 株式会社奥村八香園

被告 株式会社昇仙閣 外一名

主文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告株式会社昇仙閣は甲府市湯村町第二百十五番地の二にある温泉ゆう出一馬力の電動力装置を被告有限会社千島は同所第百六十九番地の五にある温泉ゆう出一馬力の電動力装置を撤去せよ、被告両名は連帯して原告に対し金参拾五万三百四拾円の支払をせよ。訴訟費用は被告等の連帯負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求める旨申立てその請求原因として原告は昭和十七年七月七日大衆浴場及び温泉旅館業の経営を目的として設立された会社であつてその所有する甲府市湯村町第二百二十八番地の三の土地よりゆう出する熱度摂氏四十九度の温泉を使用し八香園千人風呂と称する大衆浴場を設けその声価は山梨県内は勿論のこと遠く県外にまで及び浴客は年々増加の傾向にある。而して右温泉の開業当時におけるゆう出量は千七八百石であつた。がその後年々減量を示して来た。しかるところ、右事実を知りながら被告昇仙閣は同所第二百十五番の二に被告千島は同所第百六十九番地の五にいずれも昭和二十八年七月頃より山梨県知事の許可を受けずに各一馬力の電動力を設置し被告等の経営する旅館の温泉ゆう出量を増加せしめている。右被告等の電動力装置の設置に依り前記原告所有温泉のゆう出量は一日百八十二石減退し、右減退量は水道を使用しこれを摂氏四十九度に加熱して補填するためには、一斗当り水道料金拾壱銭七厘(一〇〇立方米=五石五斗四升三合につき金六百五拾円)薪、二百八十匁金六円参拾銭(一貫目弐拾弐円五拾銭)を要するから百八十二石については一日計金壱万壱千六百七拾八円、一ケ月を三十日として一ケ月間には合計金参拾五万参百四拾円を必要とする。而して温泉のゆう出量を増加させるために電動力装置を設置する場合には温泉法第八条により都道府県知事の許可を受けなければならないのであつて、これに違反したときは罰則の適用がある。しかるに被告等は山梨県知事の許可を受けずに電動力装置を設置しているのであるから右は違法行為であり右動力装置の設置により原告の温泉ゆう出量を減退せしめていることは正に原告の権利を侵害するものであり共同に不法行為を構成する。原告が右不法行為に因て蒙る損害の額は前述温泉減退量に相応する費用であるから、原告は被告等に対し右損害の賠償として各自金参拾五万参百四拾円の支払を求めると共に原告の有する土地所有権及び温泉法によつて保護される温泉所有権に基き之が妨害排除のため電動力装置の撤去を求めるため本訴請求に及んだと陳述し被告等の権利濫用の抗弁に対し原告奥村八香園の温泉ゆう出量も亦年々減少して来たことは既述のとおりであるが原告は法に遵つて許可のない動力装置はして居らない。しかるに被告両名は許可のない不法行為を敢て行つているのであつて一日の自噴量だけでも決して温泉旅館としての経営が不可能とは云い得ないし或は水道を使用してその欠陥を補充することもできるし又正規の手続によつて動力装置の許可を受くべき方法もあるのである。およそ権利濫用の理論はこれを要約すれば権利を行使しても自己に何等の利益もなくしかもこれに依て他人に損害を加えることのみを目的とする等権利が法律上認められている社会的目的に反して行使されるときにその濫用があるとせられるのである。自らは不法行為をなして原告の権利を侵害しながら之を阻止しようとして訴求する原告の行為を権利の濫用であるというのはいさゝか本末を顛倒したものであるということができよう。遵法者たる正直者が排斥され法を無視する違法者が正当視される結果となることは法治国において到底許さるべきでないことは今更いうまでもないことであるから被告等の権利濫用の理論は不当な抗弁というのほかはないと述べ、証拠として甲第一号証乃至同第六号証を提出し証人浅川武男、同菊島正夫、同神沢俊夫(第一回)同三井四郎、原告代表者本人の各供述並びに鑑定(小幡利勝)の結果を援用し乙第一号証は甲府警察署印の成立のみその余の部分の成立は不知同第二号証及び同第三号証の一乃至五の成立は総て認める丙第三号証は成立を認めてこれを利益に援用しその余の丙号各証の成立は総て不知と述べた。

被告昇仙閣訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告主張事実中被告昇仙閣が原告主張の場所に一馬力の電動力装置を設置していること及び右装置につき温泉法による許可を受けていないことは認めるが原告の設立目的、営業規模成績所有土地及び使用温泉の熱度等は不知、その余の事実は総て否認する。被告昇仙閣が動力装置を設備したのは昭和十七年二月であつてその際右設置につき警察署の許可を受けており且ついわゆる直結の装置でないから温泉法による県知事の許可を受ける必要がない。而して同被告は何等原告の権利を侵害していない。すなわち同被告はすでに昭和十一年温泉を掘さくしそのゆう出量をもつて七個の公衆浴場と内湯を十分満して来たが原告がその後昭和十四年に掘さくしたためゆう出量が甚しく減少したので一般公衆浴場と家庭風呂四個の浴槽を閉鎖し甲府警察署の許可のもとに装置した一馬力のモーターを使用し辛うじて残三個の浴槽によつて営業を続けて来たのである。右の装置は当局の許可を得た上厳重な竣工検査を経て始めて使用するに至つたのであるがこれは真に已むを得ず原告の掘さくによる被害を防ぎ営業の最少限度を維持するのに絶対的必要とせられたものである。しかるところ湯村温泉においては年を追うて一般的にゆう出量が自然減の一途を辿り昔の豊富な湯量の如きあたかも夢の如きものであつたがそれでも尚その浴槽を地表数尺の低きにおく等の工夫をもつて営業を続けて来たのであるが被告昇仙閣においては一時温泉のゆう出量がばつたり止まつてしまい営業も休止せざるを得ない状態になつたので温泉組合長以下組合役員各位の臨検をもとめその人々の助言と承認の下に昭和十四年以来何の改造することもなく使つて来た電動機装置をはじめて改造しようやく今日まで営業を続けている次第である。(当初と比較すればそのゆう出量は十五分の一に過ぎないのである)しかるに原告方のゆう出量はこれまた開業当初と比べれば湯村温泉全体としての漸減の例に洩れないとはいえ被告昇仙閣の前記改装の前後を問わず直径五間深さ二尺乃至三尺の円型のローマ式大浴場と縦二・七米横一・七米深さ〇、七二米の婦人浴槽に温泉は満々たるのみならず右改装後たる昭和三十年七月九日に至り長さ二十五米横五米の大温泉プールをも新設しこれまた四六時中温泉は溢れ流れているのである。さらに又右浴場プール等に使つて余りある温泉を訴外静山荘及び銀星館に分湯さえしているのである。事実斯のように被告昇仙閣の本件電動機装置は全く同被告の最少限度の営業維持のためにする同被告の所有権の適法妥当なる行使に外ならず何等批難を受けるべき筋合のものではないといわなければならない。よしんば原告方のゆう出量に多少の影響があつたと仮定しても、それが何であろうか、これをもつて権利の侵害若くは妨害と目すべきものは絶対にあり得ない。

仮りに百歩を譲つてそれが原告のゆう出量に多少の影響があるとしても尚他人に分湯さえできる程の豊富なゆう出量を享有保持する限りその影響を理由としてこれなくんば涸かつする被告昇仙閣の装置による湯量維持行為を目して妨害となしその排除を求めるが如きことこれすなわち権利濫用と云わずして何であらうか、原告は被告昇仙閣の装置が温泉法第八条の許可を受けていないことの故をもつてそれ自体すでに権利侵害か妨害であるかの如く主張するもののようであるが誤解も甚しいといわねばならない。何故ならば被告昇仙閣は前述の如くすでに昭和十四年甲府警察署においてモーター装置の許可を受け厳重な竣工検査を無事終り爾来十余年の間監督当局は勿論その他から何等の批難も蒙らずに無事経過して来たのである。すなわち同被告は温泉法施行当時すでに適法に装置していたものというべくこれに対し同法第二十八条の適用の余地なきことは明かでありその後これを単に模様替したに過ぎない場合に改めて同法第八条の許可を受ける必要のないことも亦明かである。よしんばその許可を要するにこれを得なかつたとしてもそれは単に同法上の罰則の適用を受けるというに止まりそれと全く別位に立つ私権とは何等の関係を持つものではないからである。許可の有無に拘らずそこに権利侵害があれば不法行為ともなり或は物権的請求権の対照ともなることは多言を要しないところである。無許可を前提とする原告の論議は全く首肯し難い。仮りに万歩を譲つて原告の所謂対世権たる温泉利用権或は所有権が妨げられているとしてもそれは被告昇仙閣が電動機装置によつてなしつゝある自己のゆう出量の最低維持を図る行為それ自身によつてであつて電動機装置そのもののためでは断じてない従て同被告に対しかかる行為の差止を求めるなら格別さらに進んで装置の撤回を求め得べき筋合ではないから原告の電動機撤去の請求はその理由がない。

さらに原告の主張する損害は損害に当らない。原告が水道の水を温泉の水増しに使用していること及びその石数並びに加熱していること及びその為の薪の使用量はいずれも被告昇仙閣の否認するところであるが仮りにその事実ありとするもそれが直ちに損害とはなり得ない何故ならばそれが損害たるためには先づ現石数のみを以てしては温泉浴場としての用をなさないことを前提としその減少石数そのものが損害として評価さるべきであるからである。と陳述し証拠として乙第一同第二号証同第三号証の一乃至五を提出し証人神沢俊夫(第二回)同秋山悌四郎、同小幡利勝(第一、二回)同赤池忠則、同小林久治の各供述並びに鑑定(伏見弘)の結果を援用し甲号各証の成立を認めた。

被告千島訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告主張事実中被告千島が原告主張の場所に一馬力の電動機装置をしている事実は認めるがその余は総て争う。同被告は温泉旅館業であつて甲府市湯村町百六十八番地に百八十三坪同所百八十三番地に二百坪計三百八十三坪を敷地として建物二階及び三階建総坪数百七坪七合五勺客室二十二大広間一を有し泉源所有者河西吉太郎からその温泉利用権を借受けて営業をしている。而してその浴槽は容量として一般男女浴槽十二石三斗五升家族風呂二石四斗七升合計十四石八斗二升に温泉の湯を充し一般の旅客浴客の利用に供しているが一方旅館施設が山梨県健康保険課の療養所並びに山梨中央銀行健康保険組合保養所としての指定を受け公共の福祉に貢献するため努力を重ねているのである。前述河西吉太郎所有の温泉利用権は昭和十年七月二十日掘さく完了当時摂氏四十六度一日のゆう出量千三百九十七石であつたがその後原告の温泉掘さくの完了した昭和十一年六月十五日までの間に柳屋、明治温泉、吉野屋、弘法湯、昇仙閣、八香園の順序に相次いで湯川両岸の比較的狭少な区域に温泉が掘さくされその都度被告千島の温泉ゆう出量が減少し湯村地区の温泉全部の掘さく完了直後である昭和十一年八月に訴外佐藤才止氏が湯村温泉一帯の調査をした当時被告千島の温泉の状況は泉温摂氏四十七度一日ゆう出量二百六十八石であつてその後被告千島の温泉利用権はほゞこの泉温並びに一日のゆう出量が安定し当時においては一般男女浴槽約三十七石家族風呂計七石総計四十四石容量の浴槽に温泉を充して浴客旅客の利用に供することができた。即ち同被告の温泉利用権の内容は泉温四十七度一日ゆう出量二百六十八石であつたのである。しかるところその後湯村温泉地区において「切下げ」と称して湯井戸内の湯頭以下のところに穴を穿ち之を湯槽に導きここに溜つた湯を動力装置によつて汲上げ或は温泉の井戸から動力装置をもつて湯を汲上げるものが出たため同被告の泉源は次第にゆう出量が減少し前記浴槽を満すときは泉温の維持が困難となつたため昭和二十三年に至つて前記四十四石を満す各浴槽を取壊し改めて減少ゆう出量を以て泉温維持可能な冒頭記載の現在の浴槽を建設したのである。而して同被告の泉源のゆう出量はその後も減少一途をたどり原告の主張する昭和二十八年七月頃の状況は休電日一日の自噴量約百六十石送電日のゆう出量一日僅かに四五十石となり送電日には到底浴槽をみたして泉温を維持することが不可能となり温泉施設の生命線である入浴ができなくなつたため止むを得ず送電日の泉温並びにゆう出量を維持する必要から一馬力の動力装置を使用し送電日一日百二十石のゆう出を示し昭和二十八年十二月十六日山梨県衛生部の調査の際は僅かに泉温摂氏四十三度五分一日ゆう出量百十二石に過ぎず浴槽の入浴泉温度が最少限度に維持される程度であつた。而して同被告は温泉法施行当時山梨県知事に対し動力装置設置許可の申請をしたのであるが当時山梨県衛生部では同被告のような動力装置は何等温泉法に違反しないという見解であつたから右許可申請も放置したまま今日に至つている実情である。従て同被告の動力装置はその正当な温泉使用権の範囲である泉温摂氏四十七度一日のゆう出量二百六十八石を回復するため設置したもので決して温泉ゆう出量増加のため設置したものでなく又原告の温泉利用権を侵害している事実もない。

原告は対世的効力を有する温泉利用権を有しその物上請求権に基いて被告等の設置している動力装置の撤去を請求する旨主張しているが温泉利用権は温泉源をなす熱水が滲透する岩磐並びにその中に存する泉脈を主要素とする包括不動産上に存する制限的利用権であつて総有権的性質を有しその認められた範囲において分立し共同して利用することを許す権利に外ならない。原告は温泉利用権をあたかも個人所有権の如く絶対的支配権として自己一人のみ対世的支配権を行使し得るように観念し他の温泉利用権者の利用権を無視しているが権利の性質を不当に拡張するものであつて誤りである。即ち一の温泉利用権者が他の温泉利用権者に対しその利用施設の変更撤去等を求め得るのは温泉利用権の適正な行使を監督調整する監督官庁がなし得るだけであつて温泉利用権者同志の請求はその利用権を濫用したものに対して自己の権利を侵害された範囲において行為の差止又は損害賠償を求め得るに過ぎない。而して温泉利用権者が物上請求権を行使するに至つては泉源、泉脈を同しくする多数の温泉利用権者の共同の利益のため急迫した権利を保全する必要上共同の泉源、泉脈を保持する目的をもつて温泉利用権を回収し又は妨害を排除し又は妨害を予防することを請求する場合にのみ許されるものといわなければならない従て原告が被告千島に対し動力装置の撤去を求めることは何等法律上の根拠がない。

仮りに被告千島の動力装置使用が原告のゆう出量に影響を及ぼすことがあるとしてもその主張の損害額は単に送電日と休電日のゆう出量の差額をもつて一日のゆう出量の減少を計算しこれを損害算定の基礎としているがこの計算は前述湯村地区の他の業者の切下げ又は動力装置使用による被告千島のゆう出量減少を全然考慮していないばかりでなく泉源井戸の汲上げによつて生ずる地下水の水頭低下の回復に要する時間地下水移動の流速等が温泉ゆう出量に対する影響を全然考慮しない頗る雑ばくな議論に基くものであつて正確な損害額が主張せられず学問的に首肯せしめるところがない。これによつてみれば原告の主張する侵害行為とこれによつて生じた損害額との間には因果関係が明かにされていないものというべきである。

仮りに原告主張の事実があるとしても原告の主張は温泉使用権の濫用である。即ち前述のとおり被告千島は動力装置の使用より現在泉温摂氏四十三度五分一日のゆう出量百十石乃至百二十石の最低線を維持して辛うじて温泉営業を続けているのである。ところが原告は現在温泉のゆう出量が減少したと称しながら或は他に分場し或は営業時間外に温泉を放流して何等その経営に支障を来していないのが実状である。而して原告は本件において被告千島の温泉旅館経営の生命線であるゆう出温泉の使用を全面的に阻止せんとしているのであつて若し原告の主張が容認されるとすれば原告自身は何等事業経営に支障がないに拘らず被告千島は温泉旅館としての経営が不可能となりその施設一切を廃絶しなければならない憂き目をみ、従つて従業員一同も亦生活の拠りどころを失うばかりでなくその施設としても全然利用価値を失い公共の損失も亦莫大なものがある果して然らば原告の主張はこの点において権利の濫用というべくその理由のないことは明白である。と述べ、証拠として丙第一号証乃至同第八号証を提出し証人河西孝吉、同田草川隶七、同河西一三郎、検証並びに鑑定(伏見弘)の各結果を援用し甲号各証の成立を認めた。

理由

被告昇仙閣及び同千島がいずれも温泉旅館業者であつてその所在地にゆう出する温泉使用のため温泉法(昭和二十三年七月十日法律第百二十五号)に基く山梨県知事の許可を受けることなく一馬力の電動力装置を設備していることは各当事者間に争のない事実であり原告も亦肩書地にゆう出する温泉を使用し八香園なる名称の大衆風呂を経営していることは被告千島の争わない事実であり原告代表者本人の供述及び検証の結果により右事実は被告昇仙閣のためにもこれを認めることができる。

そこで先づ被告等の電動力装置が温泉法所定の許可を必要とするか否の点について考察するに成立に争のない甲第三号証証人菊島正夫、同浅川武男、同赤池忠則、同小林久治、同小幡利勝(第二回)の各供述及び鑑定(小幡利勝)の結果の一部を綜合すると、被告昇仙閣が現在使用している電動力装置は従来から取付けてあつた四吋の源泉パイプの中に一吋半のパイプを挿入しこれを更に十四尺深く下げてこのパイプに一馬力の動力ポンプを直結し水位の低いところから温水を取入れる装置であつて同被告は株式会社に改組前である昭和十一年頃温泉掘さくの許可を得て温泉旅館業を経営しているもので昭和十四年頃には汲上げた温泉を一たんタンクに溜め、このタンクに貯えた湯を他に導くため所轄警察署の許可を得て電動力を装置して来たがこの頃から漸次温泉のゆう出量は減少の一途を辿り昭和二十七年頃に至つて著しい減少を示し自噴量では到底当時設備してある浴槽を充すことが不可能の状況になつたので同年十月頃前述のような動力装置に改造してこれを使用し従前の温量を維持して来たものであることが認められ又、成立に争のない丙第三号証、証人河西孝吉、同河西一三郎、岡田草川隶七及び検証の結果を綜合すると被告千島が現に使用している動力装置は温泉のゆう出口に通ずる四吋のパイプに一馬力の動力を装置したポンプを連結しこのポンプより分岐する一、二五吋のパイプをもつて各浴槽に湯を送る装置であつて同被告も亦昭和十年七月頃許可を得て温泉を掘さくし温泉旅館業を営んで来たものであるが昭和十四年頃から急激に温泉のゆう出量が減退を示し昭和二十一、二年頃には自噴量では殆んど浴槽を充すことができない程度になつたので己むなく昭和二十三年六月前認定の動力装置を設備して漸く所要の湯量を維持して来たものであることが認められる。

鑑定人小幡利勝の鑑定の結果によると昭和三十年十一月十二日及び十三日の一定時において測定した被告千島の電動機を停止した場合とこれを使用した場合とにおける温泉ゆう出量の差異は前者の場合は平均値一分間十六リツトル、後者の場合は平均値一分間十三リツトルであつたことが認められるが右鑑定の際においては被告千島の揚水ポンプが不調であつたことは之亦右鑑定の結果により明かであり従て右測定の結果は必しも正確なものとは云い得ないから右は被告千島の動力装置が温泉ゆう出量増加の用をなし得ないとなす証左とはならないし他に以上の認定を左右し得る証拠はない。してみると右被告両名の電動力装置は当時減退した温泉の自噴量を増加させるための装置であり且つその用をなしていることは疑がないからその名称がいわゆる「直結」或は「切下」の何れであろうとも温泉法第八条にいう温泉のゆう出量を増加させるための装置に該当しその設置については都道府県知事の許可を必要とするものと解しなければならない。もつとも同法第二十八条によると同法施行の際現に従前の命令の規定により温泉のゆう出量を増加させるため動力装置の許可を受けてその工事に着手しているものは同法第八条第一項による許可を受けたものと看做す旨の定めがあり甲府警察署印の成立に争がなくその余の部分も真正に成立したものと認める乙第一号証に依ると昭和十四年九月三十日被告昇仙閣の前主とみるべき訴外小林忠則において電動機半馬力二基の設置につき甲府警察署の許可を受けている事実が認められるけれども同号証中の但書の記載及び前掲証人赤池忠則同小林久治の各供述によれば前にも触れたように右装置は汲上げた湯を一たんタンクに溜めそのタンクから他に湯を移動するためのものであつて温泉のゆう出量を増加させるための装置ではないことが認められるから右動力設置の許可は前示法条に該当しないものといわなければならない。又証人河西孝吉、同河西一三郎の各供述に依ると被告千島は昭和二十三年十一月頃山梨県厚生課に対し前示動力装置につき許可の申請書を提出したが同課においては右申請は暫く待つよう指示されその儘現在に至つていることが認められ証人三井四郎は温泉法第八条による許可を必要とする動力装置はポンプに直結したパイプとボーリングのパイプとが動力を使用しても空気が入らぬよう密閉されている場合であつて被告両名の装置は右に該当しない趣旨の供述をしているが右見解は当裁判所の採らないことであつて山梨県当局が右の如き見解のもとに被告等の電動力装置は温泉法所定の許可を要しないものとなしこれを放任していたものとすれば右は誤れる行政解釈のもとに温泉利用業者に対する指導の宣を得なかつたものと断定せざるを得ないから被告千島が動力装置の許可申請書を提出しそれが放置された事実のみをもつてその設置を適法ならしめるものではない。

次に被告等の電動力装置が原告の温泉ゆう出量に影響を与えているか否について検討するに成立に争のない甲第一号証、同第二号証、同第五号証、丙第三号証、証人神沢俊夫(第一、二回)同秋山悌四郎、同浅川武男及び原告代表者の各供述を綜合すると原告は甲府市湯村町第二百二十八番地の三に鉱泉地一坪を所有し昭和九年六月頃から温泉の掘さくを始め翌十年五月完成昭和十七年七月から公衆浴場の経営を開始したものであるが昭和二十八年十二月七日頃山梨県温泉審議会が調査したところによれば原告方使用の温泉を中心として半経五百米以内にある汲上ポンプ用の電動力を停止した場合と停止しない場合とでは原告の温泉ゆう出量に変化があり原告方温泉の自噴量は休電日においては一分間四斗五升四合のところ送電日においては一分間三斗六升六合を示したこと及び右原告方温泉を中心として半径五百米以内における温泉旅館業者で湯量増加のための電動力を装置しているものは被告両名だけであることが認められ又証人小幡利勝(第一、二回)の供述及び鑑定人小幡利勝鑑定の結果によると昭和三十年十二月十二日及び十三日当時において被告両名使用の電動力装置を止めた場合の原告温泉のゆう出量の平均値は一分間七十七リツトルのところ右電動力装置をかけた場合にはその平均値が一分間五十四リツトルとなり一分間に二十三リツトルの減少を示していることが認められ他に以上の認定を左右し得る証拠がない。もとより温泉のゆう出量は永久不変のものでなく地下泉脈の性質、自然的並びに人為的現象により変化を生ずるものであるから或る一定時点における実験の結果だけをもつてしては必ずしも正確を期し難いけれども前掲認定の事実を綜合すれば尠くとも被告両名の電動力装置と原告の温泉ゆう出量の減少との間には因果関係を有するものと認めるのが相当である。

そこで原告は被告両名の温泉法に基く許可を受けない電動力装置の設置は原告の土地所有権及び温泉所有権を侵害し民法第七百九条の不法行為を構成すると主張するのでこの点について判断する。思うに温泉は地下循環水の一種であつて土地の構成部分をなすものと解するのが相当であるから自然にゆう出するもの又人為的掘さくの方法により温泉を利用することは土地所有権の内容をなすものと考えるべきである。しかしながら温泉は他の地下土砂岩石類と異り流動的性質を有するものであるから或特定の土地内にのみ、捕捉されて全然他の土地と関係を有しない場合は格別としてしからざる場合においてはこれを利用する範囲にも自ら限界があり地下泉脈全体を独占的に支配し得ないことは勿論である。而して温泉がその特殊的性質及び経済的価値の故に土地所有権と独立して取引の客体とせられ或は又支配的利用権の客体とせられていることは我国の各地においてその事例の存するところであるが甲府市湯村町地方において右の如き慣習法の存することは顕著な事実でなく又その立証も存しない。本件についてこれをみるに原告が鉱泉地を所有しこれよりゆう出する温泉を利用していることは前認定のとおりであり証人菊島正夫の供述によれば被告昇仙閣は訴外山梨県厚生協会所有の泉源地を賃借し右土地よりゆう出する温泉を利用しているものであり又証人河西孝吉の供述によれば被告千島は訴外河西吉太郎所有の泉源地を借受け右土地よりゆう出する温泉を利用しているものであることが認められるから被告等も亦法律上の権原に基いてそれぞれ温泉を利用しているものであることは明白である。而して弁論の全趣旨からみて原告及び被告等の各温泉はその泉脈を同しくするものと認められるが原告が右泉脈の独占的支配権を有する証拠は存在しないから前認定の理論に従い被告等の温泉利用は何等原告の権利と抵しよくするものでわない。原告は温泉法による許可を得ない電動力装置の設置自体が違法行為であり同法に依て保護される原告の権利を侵害するものであると主張するようであるが温泉法は温泉を広く一般国民の有効な利用に供しその保健及び療養に資せしめ且つ観光資源としてこれを活用するため温泉を保護しその利用の適正化を図り以て公共の福祉の増進に寄与することを目的として制定されたものであつて温泉の利用権を保護することを直接の目的とするものでなく同法に基く各種取締の結果として既設温泉の利用者はその反射的な利益を享受するに過ぎないものである。しかれば被告等の許可を受けない電動力装置の設置は同法に違反するものとして罰則の適用を見ることは格別としてそれ自体を捉えて原告の権利を侵害する不法行為であると論断することは誤りである。しかしながら権利の行使は信義に従い誠実に之をなすことを要するのであるから被告等の温泉ゆう出量増加のためにする電動力装置の設備が専ら他人の権利を害することを目的としてなされた場合には権利の濫用として不法行為を構成することは勿論であるが前認定の各事実を綜合すれば被告等の電動力装置の使用が右の如き目的をもつてなされたものということ到底できない。しかも原告の主張する損害額に至つては全く想定的な計数に過ぎないし、成立に争のない乙第三号証の一乃至五及び証人小幡利勝(第二回)及び原告代表者の各供述によれば原告はその自噴量をもつて現在使用の各浴槽を充すことができ何等のその営業に支障を来すこともなく殊に最近に至り幅五米長さ二十五米深さ一米の水泳プールを設備して之にも温泉を使用していることが認められるので前認定の如き程度の湯量の減少は被告等の事情に比し決して原告の忍受すべき限界を超えるものとは認められないから右理論に従つても被告等の行為は不法行為を構成しないものといわなければならない。

以上の理由により爾余の争点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は失当としてこれを排斥すべきであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり制決する。

(裁判官 杉山孝)

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